いったいおくがたは武門のおうまれでいらっしゃいますから、なにごとにも御辛抱づようござりまして、めったと人にふかくのなみだをおみせになることはござりませなんだが、もはやその頃はおそばの衆と申しましてもわたくしどもばかりでござりましたので、はりつめたおこゝろもいっときにおゆるみなされたのでござりましょう。
いまこそほんとうのかなしみにおん身をゆだねられ、ひとけのない奥の間で何をおもい出されましてかしのびねに泣いていらっしゃるのが、ふとお廊下を通りますときに耳についたりいたしまして、とかくお袖のしめりがちな日がおおいようでござりました。
そういう風にして一とゝせ二たとせはゆめのようにすぎましたなれども、そのあいだ、春は花見、あきはもみじがりのお催しなど、お気ばらしにおすゝめいたしましても、「わたしはやめます、おまえたちで行っておいで」と仰っしゃいまして、御じぶんは浮世のほかのくらしをなされ、たゞひめぎみたちをお相手になされますのがせめてものお心やりと見えまして、御きげんのよいおわらいごえのきかれますのはそんなときばかりでござりました。