ひゅうがのかみもそれをきゝますと日野をあけち弥平次にまかせて十日に坂本へ帰陣いたし、十三日にやまざきのかっせん、十四日にはもはやひでよし公三井でらに着陣あそばされ、ひゅうがのかみの首としがいとをつなぎあわせて粟田口においてはりつけになされました。
さあそのかちいくさのひょうばんが又たいへんでござりまして、このかっせんには三七どの、五郎ざえもんどの、いけ田きいのかみどのゝめん/\ひでよし公とちからをあわせておはたらきでござりましたけれども、なかんずく秀吉公は毛利ぜいとのあつかいをさっそくに埒あけ、十一日の朝にはあまがさきへとうちゃくあそばされまして、そのかけひきのすみやかなることはまことに鬼神をあざむくばかり。
ひゅうがのかみは最初すこしもそれをしらずにやまざきへじんを取りましたが、のちにひでよし公ちゃくじんときゝましてあわてゝにんずをたてなおしたと申します。