羽柴がたのぐんぜいはそのまに破竹のいきおいをもってみのゝくにをたいはん切りなびけ、岐阜をはだかしろにしましたのがわずか十五六にちのあいだのことでござりまして、三七どのもよぎなく丹羽どのをおたのみなされ降参を申し出られましたところ、なにぶん先君の御連枝のことでござりますから秀吉公もかんにんあそばされ、しからば御老母をひとじちにいたゞきますと仰っしゃって、おふくろさまを安土のおしろへおうつし申し、かちどきをあげて上方へお引きとりなされました。
そうこうするうちに天正じゅうねんのとしもくれまして正月をむかえましたけれども、ほっこくはまだかんきがはげしく、雪は一向にきえそうもござりませぬし、かついえ公は「小癪な猿めが」と仰っしゃるかとおもえば、「にくらしい雪めが」と雪を目のかたきにあそばされ、いら/\なされておられますので、初春の御祝儀も型ばかりでござりましてそれらしい気もいたしませなんだ。
ひでよし公の方では、この雪のあいだに柴田がたの大名しゅうを御せいばつなさるおぼしめしとみえ、年があらたまりますとふたゝびたいぐんをもって勢州へ御しんぱつなされまして滝川左近将監どのゝ御りょうぶんを切り潰され、しきりにかっせんのさいちゅうと申すしらせがござりました。