もっとも以前はかついえ公のおさな馴染みでござりましたが、あるときかっせんにふかでを負いましたについて、このからだでは御奉公もなりかねますからおいとまをいたゞきます、もうわたくしも武士をやめて町人になりますと申されましたので、「そうか、それならお前は豆腐屋になれ」と仰っしゃって、大豆を年に百俵ずつ下されました。
さればこんどもおともをいたし、来世でおとうふをさしあげるのだと申して、わざ/\まちかたよりおしろへはいったのでござります。
そのほか舞の若太夫、山口一露斎、右筆の上坂大炊助どの、このかた/″\ものこられました。