ましてとのさまは、おれにこうさんしろなどゝはぶれいなことを申すやつだと、上人にむかってれっかのごとくいきどおられまして、勝つも負けるも時の運であるのは申すまでもないこと、それをおのれらにおしえられようか、世が世ならば猿面かんじゃめをあべこべに追いつめて腹をきらせてくれようものを、さくまげんばがおれの云いつけを守らなんだために賤ヶ岳においておくれをとり、猿奴にてがらをえさせたのは無念である、たゞこのうえは天守に火をかけて自害をするから、最後の様子をのちの世の手本に見ておくがよい、もっとも城には十余年来たくわえておいた玉薬がある、これが燃えたらおびたゞしい死人を出すだろうから、寄せ手はもっと陣をとおくへ引いていろ、おれはむやくのせっしょうをしたくないからそう云うのだ、かえったらひでよしにきっとそのむねをつたえておけとおっしゃって、さっさと座を立ってしまわれましたので、お使者もとりつくしまがなくて逃げだされたのでござりました。
わたくしそれをきゝましたときは、たった一つのたのみのつなも切れましたことゝて、うらめしいやらなさけないやらでござりましたけれども、こうなってはむざんやおくがたのおいのちもないにきまった、この上は三途の川のおともをしてすえながくおそばにおいていたゞくとしよう、どうか来世はめあきにうまれておうつくしいおすがたをおがめるようになりたいものだ、自分にとってはそれこそ真如の月のかげだと、そういうふうにかんねんのほぞをかためましたら、それが何よりのぜんちしきになりまして、死ぬ方がかえってたのしいくらいにおもわれて来たのでござりました。
とのさまも、かくなりはてたのはなんともくちおしいしだいだけれども、いまさらとこう云うにもおよばぬ、しょせんこよいはこゝろよくさけをくみかわして、あすの夜あけにはしのゝめの雲ともろともにきえて行こうとおっしゃってそれ/″\御用意をあそばされ、天守をはじめ要所々々へ枯れ草を山のごとくにつみかさねていざといえば火をつけるように手はずをとゝのえられまして、さてあるだけの名酒の樽をのこらず持ってまいれとの御諚でござりました。