もとより朝露軒どのはそんなおつもりではござりますまいけれども、きいておりますわたくしの身には、おくがたの御きりょうをうたっておられるようにしか受け取れませぬので、あゝ、それほどにおうつくしい花のかんばせも、こよいをかぎりに散っておしまいなさるのかと、この期になっていまだに未練がきざしてくるのでござりました。
すると朝露軒どのは、「あれ、あれにおる座頭はしゃみせんを弾きまするぞ、おくがたのおゆるしをいたゞいて、あれにいちばんうたわせてごらんなされ」と申されましたので、「弥市、えんりょすることはないぞ」とすぐとのさまのおこえがゝりがござりました。
さればわたくしとてもいまは何をか御辞退いたしましょう、これこそ自分ののぞむところと、さっそく三味線を手にとりまして、「君ゆゑなみだはいつもこぼるゝ」とれいの小歌をうたいました。