さすればわたくしとても、おくがたの御せんどをみとゞけずに逃げるという法はないと、そうおもいましたことでござりますけれども、でもこのお児をおたすけ申さなんだら、さぞやおふくろさまがおうらみあそばすことであろう、弥市、おまえはわたしのたいせつなむすめをどこへ捨てゝ来たのですと、あの世でおとがめをこうむったら申しわけのみちがない、こうして背中へおのせ申すようになったのはよく/\のえんというものだからと、そんなふうにもかんがえられましたし、それに、わたくし、ほんとうはそんなことよりも、せなかのうえにぐったりともたれていらっしゃるおちゃ/\どのゝおんいしきへ両手をまわしてしっかりとお抱き申しあげました刹那、そのおからだのなまめかしいぐあいがお若いころのおくがたにあまりにも似ていらっしゃいますので、なんともふしぎななつかしいこゝちがいたしたのでござります。
まご/\していれば焼け死ぬというかきゅうの場合でござりますのに、どうしてそのようなかんがえをおこしましたやら、まことに人はひょんなときにひょんなりょうけんになりますもので、申すもおはずかしい、もったいないことながら、あゝ、そうだった、自分がおしろへ御奉公にあがってはじめておりょうじを仰せつかったころには、お手でもおみあしでも、とんと此のとおりに張りきっていらしったが、なんぼうおうつくしいおくがたでもやはり知らぬまにおとしをめしていらしったのだと、ふっとそうきがつきましたら、たのしかったおだにの時分のおもいでが糸をくるようにあとから/\浮かんでまいるのでござりました。
いや、そればかりか、お茶々どのゝやさしい重みを背中にかんじておりますと、なんだか自分までが十年まえの若さにもどったようにおもわれまして、あさましいことではござりますけれども、このおひいさまにおつかえ申すことが出来たら、おくがたのおそばにいるのもおなじではないかと、にわかに此の世にみれんがわいて来たのでござります。