こういうわけでさいわいわたくしは路頭にもまよわず、ひきつゞき御奉公をいたすことになりましたけれども、じつを申せば、わたくしの一生はもう此のとき、天しょうじゅういちねん卯月二十四日と申すおくがたの御さいごの日におわってしまったのでござりまして、おだにや清洲でくらしましたようなたのしい月日はそのゝちついぞめぐってもまいりませなんだ。
それと申しますのは、てんしゅに火をつけ裏ぎり者のてびきをいたしましたことを姫ぎみたちもおきゝなされましたとみえて、しだいにおにくしみがかゝりまして、なんとなくよそ/\しくあそばすようにおなりなされ、とりわけお茶々どのなどは、「この座頭ゆえにおしからぬいのちをたすけられて、おやのかたきの手にわたされた」と、ときにはわたくしへきこえよがしにおっしゃいますので、おそばにつかえておりましても針のむしろにすわるおもいがいたしまして、このくらいならなぜあのおりに死なゝかったかと、たゞもうなさけなく、とりつくしまのない身のうえをかこつようになったのでござります。
もとよりこれも自分が悪事をしでかした罰でござりまして、たれをうらむべきすじもないのでござりますが、いったん死におくれましてはいまさらお跡をしとうたところでおくがたにあわせる顔もござりませぬから、諸人のつまはじきを受けながら生き耻じをさらしておりますうちに、もみりょうじも、琴のおあいても、余人に仰せつけられまして、もうわたくしにはとんと御用がないようになってしまいました。