そういえばお茶々どのは、あのときはあれほど太閤でんかをおうらみあそばされ、「おやのかたき」とまでおっしゃっていらっしゃいましたのに、まもなくそのかたきにおん身をおまかせなされ、淀のおしろに住まわれるようになりましたが、わたくしは北の庄のおしろが落ちました日から、いずれそうなるだろうとおもっていたことでござりました。
あのみぎり、ひでよし公はお市どのをうばいそこねてたいそう御気色をそんぜられたそうでござりますけれども、わたくしが御前へ出ましたときは案に相違いたしましてすこしもそのような御様子がなかったばかりか、かえってあり難いおことばをさえいたゞきましたのは、お茶々どのを御らんなされましてきゅうにおぼしめしがかわったのでござります。
つまりわたくしがほのおの中でかんじましたのとおなじことをおかんがえなされましたので、えいゆうごうけつのこゝろのうちもけっきょくは凡夫とちがわぬものなのでござりましょう。