「見し夜の夢」の作者である妙覚尼と云う尼がどう云う素性の人間で、どう云う時に斯くの如きものを書いたのか委しいことは知るよしもないが、前後の文意から察すると、此の婦人は武州公の奥向きに勤めていた侍女であったことは明かである。
そして武州家滅亡のゝちに剃髪して尼となり、何処かの「片山里に草の庵を結んで、あさゆう念佛を申すよりほかのいとなみもなかった」と、自ら記している。
つまり此の手記は、老後のつれ/″\に在りし世の事どもをおもい出だして書き綴ったと云う風に見えるが、しかし「念佛を申すよりほかのいとなみもない」尼の身が、なんの目的でこれを書く気になったのだろう。