次にその鎧の一部が南蛮胴であることも、何となく異常な感を起させる。
私はあまり此の方面のことを知らないけれども、南蛮胴と云うものは、天文年中種子ヶ島から鉄砲が伝わった時分に、やはり和蘭人か葡萄牙人が輸入した西洋式の武具であって、恰も桃の実のように真ん中で割れて、その割れ目が高く盛り上り、下部が背中の方へ行く程短かくくびれ上った一種の鳩胸胴である。
此の胴は戦国の頃武将の間に甚だ珍重され、後には内地でも模造品が作られたと云うくらいであるから、輝勝がこれを着ていることに別段不思議はないようなものゝ、それでも肖像畫に描くのに此の鎧を選んだのはどう云う訳か。