そして陣屋の一番外側には篠垣を繞らし、五間十間ぐらいの距離に本篝りを焚き、その垣の内側に、望楼、見せ櫓等をところ/″\に設け、板囲いの仮小屋、―――今で云えば急造のバラックのような営舎を幾棟も建てゝ、そこに大将以下の士卒が寝泊りをしていた。
法師丸は間道を通ってU字型の上部の切れ目から一旦包囲の外へ逃れ、敵の陣営の裏側を迂廻して、恰もU字の最下部のところ、城の大手と向い合った本陣のうしろへ出たのであったが、やがて篠垣の一部を破って構えの内へ忍び込むことに成功した。
もちろん普通の場合ならばそう易々と潜入出来る筈はないが、彼が豫想した如く、寄せ手の大半は城の三の丸や二の丸の内部へ詰め切っていて、陣屋の方は人数も手薄に、見張りの兵なぞも警備を弛めていたのである。