一方筑摩家に於いては、輝勝一人を除く外政高の死の真相を知っていた者はないのであるから、淡路守の胸中を疑う筈はなく、家中一統心から今度の和睦と祝言とを喜んだに違いない。
取り分け最も喜んだのが花婿の則重であったことは前にも述べた通りである。
「筑摩軍記」その他の記載に依ると、此の結婚のゝち一年と数箇月を経て、天文二十二年三月に一閑斎が病死している。
一方筑摩家に於いては、輝勝一人を除く外政高の死の真相を知っていた者はないのであるから、淡路守の胸中を疑う筈はなく、家中一統心から今度の和睦と祝言とを喜んだに違いない。
取り分け最も喜んだのが花婿の則重であったことは前にも述べた通りである。
「筑摩軍記」その他の記載に依ると、此の結婚のゝち一年と数箇月を経て、天文二十二年三月に一閑斎が病死している。