此の可哀そうな御面相の殿様が奇態な声を出して甘ったるい言葉をかけるとき、その殿様の恋女房である桔梗のおん方が、腹の底からこみ上げて来るおかしさを怺え、陰険な悪意を押しかくして、にっこりと媚をふくんでみせる、―――夜な/\繰り返されているであろう奥御殿の密室に於けるそんな有様が、則重の前へ出る度毎に否でも応でも彼の妄想に現れるのであった。
どうかすると、上段の間に端坐している則重のうしろの方の、うすぐらい床の間のあたりに高貴な上﨟のほのじろい顔が幻のように浮き上る気がした。
河内介は、織部正の御面相を材料にそう云う妄想を享楽しながら日を送ったことであったが、それにしてもあの奥庭へ忍び込んで矢を射た者が誰であるかは、彼にも見当が付かなかった。