今日明日にもお城が落ちるか落ちぬかの瀬戸際、背に腹は替えられぬ場合とは申せ、忍びを使って敵の大将の寝首を缺かせようとなさるのみか、鼻を斬って来いと仰せられるとは、日頃の御気象に似合わしからぬお言葉と存じましたが、御自身に於かれましても外聞を耻じていらしったのでござりましょう、御計略は首尾よく成就いたしましたなれども、忍びの者がお城へ戻って参りますと、誰にも訳を仰っしゃらずに直ぐその男を斬ってお捨てになりました。
此処に持って居りまするお形見の品は、その節その男の懐に這入っていたのでござります」
今は僅かに一二尺の距離を隔てゝ差し向いになっている河内介は、話しているうちに夫人の長い睫毛の先に幾粒かの露の玉が結ばれて、それがはら/\と蝋のような頬を伝わって来るのを見た。