蓋し被虐性の快楽と雖も矢張「快楽」の一種には相違ないから、もと/\利己的性質を帯びていることは明かであるが、兎角此の癖のある人々はつい深入りをして身を誤まる危険が多いのに、武州公は彼一流の秘密な快感を追いながら、而も着々として周囲にあるものを蚕食し、領土をひろげて行ったのである。
彼も思わず深入りをして破滅の淵の方へ誘惑されたことはあるが、必ず最後の一歩手前で蹈み止まることを忘れなかった。
彼が巧みに虚偽と真実とを織り交ぜた弁口を振って桔梗の方に取り入ったいきさつなども、此の特色を窺うに足る一例であって、最初の会見の日に彼女に捧げたと云う「政高公の形見」なる品物も、果して薬師寺弾正の遺物であったかどうか、甚だ怪しいような気がする。