依って思うに、抜け目のない河内介は、治承の昔文覚上人が何処の馬の骨だか分らないされこうべを「義朝の髑髏」と称して右兵衛佐頼朝に示した故智に倣い、その辺に転がっていた屍骸の鼻を缺いて来て桔梗の方の敵愾心を挑発する道具に使ったのであろう。
骨になってしまえば馬も義朝も大した変りはないように、鼻のかけらだけでは大将とも雑兵とも見分けはつかなかった筈である。
いや、おまけにそれが朱漬けになっていたのだから、実を云うと鼻でなくとも、何かそれらしい形をした、へな/\した断片でさえあればよかったのである。
依って思うに、抜け目のない河内介は、治承の昔文覚上人が何処の馬の骨だか分らないされこうべを「義朝の髑髏」と称して右兵衛佐頼朝に示した故智に倣い、その辺に転がっていた屍骸の鼻を缺いて来て桔梗の方の敵愾心を挑発する道具に使ったのであろう。
骨になってしまえば馬も義朝も大した変りはないように、鼻のかけらだけでは大将とも雑兵とも見分けはつかなかった筈である。
いや、おまけにそれが朱漬けになっていたのだから、実を云うと鼻でなくとも、何かそれらしい形をした、へな/\した断片でさえあればよかったのである。