河内介は、彼が月番に当っていた際に今度の事件が起ったのであるから、責任を問われたことは云う迄もないが、老臣共はその所罰には定めし当惑したであろう。
何を云うにも、河内介の受持は御殿の外囲いであって、件の曲者は外から這入ったか、内部に潜んでいたものか、誰にも断定は出来ないのである。
緩怠と云えば家中一統の緩怠で、河内介一人が責められる謂われはない。
河内介は、彼が月番に当っていた際に今度の事件が起ったのであるから、責任を問われたことは云う迄もないが、老臣共はその所罰には定めし当惑したであろう。
何を云うにも、河内介の受持は御殿の外囲いであって、件の曲者は外から這入ったか、内部に潜んでいたものか、誰にも断定は出来ないのである。
緩怠と云えば家中一統の緩怠で、河内介一人が責められる謂われはない。