此のとし、天文二十四年は十月に改元があって弘治元年となり、織部正の身に厭な災難がつゞけざまに見舞った一年も過ぎて、明くれば弘治二年丙辰の正月となったが、参賀の諸侍が初春の祝儀を述べても、御簾のうちからお盃を下されるばかりで、はか/″\しい挨拶のお言葉もきこえないとあっては、一向景気が改まらない。
老臣共は寄り/\額を鳩めて、こう殿様が引っ込んでばかりおいでになると城中の士気も衰えるし、何より忌まわしい噂の立つのが面白くないから、一つ世直しに花やかな催しをして、ぱっと明るく騒いでみたらどうであろう、それには第一に殿様からその気になって「うるわしい尊顔」を諸士の前へ見せてくれないことには困る、なあに、兎唇や片耳のお姿を見馴れている家来共は、今更鼻が缺けたぐらいに驚くことはなかろうから、そんなに耻ずかしがるには及ばない、弓矢取る身に大切なものは容貌よりも精神にある、顔の造作がちっとやそっと破損していても、それで主人を軽蔑するような不所存者は一人もありはしないであろう、と、そう云う相談をして、恐る/\殿の意中を探って見たりするのだが、一度憂鬱症に取り憑かれた則重は、今度の事件からます/\因循に、臆病になって、何と云われても人前などへ出る料簡にはなれないらしく、強いてすゝめると、
「えゝ、うるはい!