家来たちの多くは、今日はもしかすると殿様の正体が拝めるかも知れないと云う好奇心に釣られて来たのであったが、則重は唯御簾の奥から自分の書いた短冊を下げ渡して一同の前で朗読させ、又家来たちのものが順々に読み上げられるのを、じっと聴いているばかりであった。
河内介が平安朝の公卿であったら、「杜鵑」と云う絶好の出題を捉えて、それとなく御簾の中なる恋いしい人に思いを訴えたであろうが、彼にはそんな器用な真似は出来なかったから、ほんの役塞ぎに、月並な三十一文字を並べたに過ぎない。
残念なことには、此の時の則重以下の詠草が記録されていないけれども、どうせ禄な歌なんか一つもなかったに相違ない。