しかし桔梗の方の歌はこれらの故事とは関係がない。
たゞ杜鵑を河内介に擬し、「花散る里」を「鼻散る里」にかけたものに過ぎないので、源氏物語を読んではいなかった筈の河内介にも、底の心が酌み取れたことゝ思われる。
桔梗の方が河内介の情にほだされ、且その武人らしい人柄に動かされて、自分の方からも恋を感ずるようになったのはいつ頃からか分らないが、此の歌なども、単に「相談したいことがあるから会いたい」と云う意味には取りにくい。
しかし桔梗の方の歌はこれらの故事とは関係がない。
たゞ杜鵑を河内介に擬し、「花散る里」を「鼻散る里」にかけたものに過ぎないので、源氏物語を読んではいなかった筈の河内介にも、底の心が酌み取れたことゝ思われる。
桔梗の方が河内介の情にほだされ、且その武人らしい人柄に動かされて、自分の方からも恋を感ずるようになったのはいつ頃からか分らないが、此の歌なども、単に「相談したいことがあるから会いたい」と云う意味には取りにくい。