それも人目を忍びつゝ刹那のよろこびに生きたのであって、しみ/″\打ち解けて語り合う折などは一と夜もなかったであろう。
いや、彼が恋いしたのは桔梗の方その人よりも、むしろ彼女が演じたところの特異の役割りにあったのだから、それ故になお未練を残したことであろう。
事実、桔梗の方に劣らぬ美女には今後も出遇うことがあろうけれども、此の上﨟が置かれたような不思議な舞台、取り分け鼻のない三枚目などが引き立て役に登場する芝居は、全く彼に誂え向きの世界であって、そう云う背景と配役に囲まれた高貴の夫人を見ることは、二度と再び豫期する訳には行かないのである。