彼女が「面はゆげに」罪を謝したと云う「道阿弥話」の記事は、いかに此の夫人が己れの悲しむべき過失を悔悟したかを語っている。
察するところ、彼女は夫の陰険な底意をはっきり見透した訳ではないが、彼の行為に何かしら不審な点があることを感じ、直覚的に、自分にもよく突き止められない恐怖と不安を覚えたのであろう。
そうしてそれは、「夜半に及ぶまで睦じき御物語の御様子にて、おん仲至極めでたかりし事共也」とある、その夜の経験が最も重大な原因を成しているであろう。
彼女が「面はゆげに」罪を謝したと云う「道阿弥話」の記事は、いかに此の夫人が己れの悲しむべき過失を悔悟したかを語っている。
察するところ、彼女は夫の陰険な底意をはっきり見透した訳ではないが、彼の行為に何かしら不審な点があることを感じ、直覚的に、自分にもよく突き止められない恐怖と不安を覚えたのであろう。
そうしてそれは、「夜半に及ぶまで睦じき御物語の御様子にて、おん仲至極めでたかりし事共也」とある、その夜の経験が最も重大な原因を成しているであろう。