と云うのは、「見し夜の夢」の妙覚尼の説に、松雪院は遂に一度も武州公と枕を交したことがなかったとあるけれども、それは妙覚尼の臆測であって、現にその夜蚊帳の外にいたと云う道阿弥の見聞を疑う餘地はないからである。
蓋し河内介が伏戸をその部屋へ移したのは、道阿弥の首の眺めを一種の刺戟に用いるつもりであったことは想像に難くない。
が、初心の花嫁と云うものは、そうでなくとも急に男を忌まわしいものに思うことが有りがちであるのに、斯かる悪戯は果して彼女にどんな印象を与えたであろうか。
と云うのは、「見し夜の夢」の妙覚尼の説に、松雪院は遂に一度も武州公と枕を交したことがなかったとあるけれども、それは妙覚尼の臆測であって、現にその夜蚊帳の外にいたと云う道阿弥の見聞を疑う餘地はないからである。
蓋し河内介が伏戸をその部屋へ移したのは、道阿弥の首の眺めを一種の刺戟に用いるつもりであったことは想像に難くない。
が、初心の花嫁と云うものは、そうでなくとも急に男を忌まわしいものに思うことが有りがちであるのに、斯かる悪戯は果して彼女にどんな印象を与えたであろうか。