そして夫の言動の裏に測り知られぬ「薄気味の悪いもの」があるのを、おぼろげながら嗅ぎつけたに違いない。
多分河内介はその明くる晩も同じ遊びを繰り返そうとしたのであろうが、「それより後は絶えて首の御用を被仰出候ことなく、かの床穴をも舊の通りに被令修理候」と道阿弥が語っているように、折角の彼の希望が一と晩で蹉跌してしまったのは、その間に夫婦の感情の疎隔したことが窺われる。
大方、いかに河内介の享楽を求める心が切であっても、天稟の美質を宿す松雪院の悲歎と悔恨とを眼の前にしては、再び彼女を冒涜する勇気が出なかったのであろう。