公は今迄にも数回実戦の経験を積んでいたけれども、一国一城の大名として、領内の精兵をすぐった軍勢の総大将として、自ら馬を陣頭に進めるのは此れが始めてなのである。
而も今度の出陣たるや、二三年来密かに秘策を廻らしたのが図に中って、豫期の如き風雲を孕み、戦機が熟した結果であって、功名栄達、手に唾して取るべく、権力と恋愛とが眼前に待っているのであるから、公の得意や想うべしである。
公は六月中旬に八千餘騎を従えて多聞山を進発し、直ちに浅沼郡に入って檜垣勢と一所になったが、それでなくても攻めあぐんでいた筑摩方は、殆ど戦わずして陣を撤したので、忽ち栗生椎原の二郡を恢復した。