第一則重は腹を切ったとあるけれども、介錯した者は誰であったか、そんな名前も挙げてないし、夫婦の首や屍骸についても、焼け跡を隈なく捜索したにも拘わらず、全く灰燼に帰したと見えて何も出て来なかったと記している。
尤も本能寺の変の時にも、信長の首が分らないので光秀がひどく気に病んだと云う話があるから、それもまあそうであったとすると、それなら一体、辞世の和歌なぞがれい/\しく載っているのは、誰が伝えたのであろうか。
則重は顔を見られるのを厭って、夫人以外の人を容易に近づけないのである。
第一則重は腹を切ったとあるけれども、介錯した者は誰であったか、そんな名前も挙げてないし、夫婦の首や屍骸についても、焼け跡を隈なく捜索したにも拘わらず、全く灰燼に帰したと見えて何も出て来なかったと記している。
尤も本能寺の変の時にも、信長の首が分らないので光秀がひどく気に病んだと云う話があるから、それもまあそうであったとすると、それなら一体、辞世の和歌なぞがれい/\しく載っているのは、誰が伝えたのであろうか。
則重は顔を見られるのを厭って、夫人以外の人を容易に近づけないのである。