彼女は最早や夫の破滅を享楽する残忍性を捨てゝしまって、其の本然の女らしい性質に復り、嘗て自分が害を加えた醜い夫の容貌に心からなる同情と憐愍とを注ぎながら、貞淑な妻として、また慈愛深き母として、前半生の過誤と罪悪とを償うように努めたので、茲に始めて完全な夫婦の愛が成立し、織部正は未だ経験したことのない感激に充ちた生活を送った。
だが、桔梗の方の心境がそう云う風に変ったことは、取りも直さず武州公の空想が幻滅に終ったことを意味する。
功名と恋愛の二た股をかけて筑摩家を攻め亡ぼした公は、誰に憚ることもなく逢う瀬を楽しめる時期になって、折角城中へ迎え入れた恋人の態度が昔のようでないのを見ては、どんなにか失望したであろう。