その当座は未練とでもいいますのんか、何かにつけて思い出されますもんですから、家にいてましてもまるでヒステリーのようになってましたけど、そのうちにだんだんあの人がええことない男やったいうことはっきり分って来まして、……主人も私が前は始終そわそわして音楽会や何かいうては出歩いてばっかりいましたのんに、先生の御宅い寄せてもらうようになりましてから、すっかり様子変りまして、絵エ書いたり、ピアノの稽古したりして、一日家に落ち着いてますもんですから、「この頃はお前も女らしなったなあ」なんぞいいまして、蔭ながら先生の御好意よろこんでました。
尤もわたし、あの人の事については何も主人にいいませなんだ。
「夫に過去のあやまち隠しとくのんよろしゅうないから、――殊に肉体上の関係なかったのんなら告白しやすい訳やから、すべてを打ち明けておしまいなさい」と先生はいうて下さいましたけど、……けどどうも、……それはまあ、主人にしましてもあるいはうすうす気イついてたかも分れしませんのですが、私の口からは何やいいにくうもありましたし、この後間違いないように自分さい注意してたらええのや思いまして、何事も胸に収めてたのんです。