わたし今まででも若草山い上ったこと何遍でもありますけど、そんなに日イ暮れてしまうまで山の上にいたことあれしませなんだのんで、あそこから夕靄の景色見わたすのんは、ほんまにその時が初めでした。
ついさっきまでまだその辺に人がチラホラしてましたのんに、もうてっぺんから麓までだあれも人の影ありません。
その日は割にえらい人出でしたから、あのなだらかな、若草の生えた山の中ほどには、弁当のたべ残しや、蜜柑の皮や、正宗の罎が一杯散らかって、空はまだうす明いのに、足の下には奈良の町の灯イちらちらして、遠くの方の、ちょうどわたしらの真ア向うのあたりには、生駒山のケーブル・カアのイルミネーションがずうっと珠数のようにつながって、紫色した靄のあいだから、ところどころ絶えては続いてまたたいてます。