それが、……そう、そう、その誓約書の日附け見たら分るのんですが、……そうです、そうです、これが七月十八日ですよって、光子さんとそんな話しましたのんが多分明くる日の十九日のことで、ちょうどその時分夫の方は忙しかった事件やっと片附いたのんで、何処ぞい避暑に行こやないか、ことしは軽井沢いでも行ってみよかいいましてんけど、私はなかなかそれどこやあれしませんさかい、光子さん毎日々々淋しがってて、こんな体で自分何処いも出られへんのんに、あんたほんまに羨ましいなあいうてなさるし、行くのんならもうちょっと涼しいになってから箱根いでも連れて行って欲しいいうて、夫が何や物足らん顔してるのんにも頓着せんと、そいから半月ほどいうもんはいッつもいッつも夫の出かけるのん待ちかねて笠屋町い飛んで行きましてん。
何しろ私にしましたら、あれからこっち光子さんが別人みたいにしおらしいに見えて、今までは美しい悪魔みたいに思われてたのんが、今度は急に鷲に狙われてる鳩みたいに思われて来て尚更いとしさ増したとこい、会うたんびに心配そうな様子してなさって前のような花やかな笑顔見せなさること一日もないのんで、まさかとは思てても短気なことでもしなさったらえらいこッちゃ思たら、気が気やあれしません。
そいで私、「光ちゃん、あんた栄ちゃんの前ではせめてもうちょっと浮き浮きしてなさいや、そやなかったらまた感づかれてどんなこといい出すか分れへん」いうて、「きっと、きっと、世間に顔向けならんように叩きつけてやるさかい、死ぬほどつらいことあってもちょっとの間辛抱してなさい」いいましてんけど、さてどないしたら綿貫叩きつけること出来るか、人欺したり陥れたりする計略は向の方が上手ですさかい、なかなかええ考出て来えしませなんだ。