私はそないいうてるうちにも、また綿貫がろうじの外で待ったりしてたらどないいい抜けしたらええのんやら、あんな誓約書の条件守らんかてちょっとも疚しいことあれしませんけど、そいでも約束破ってるのんがやっぱり何や済まんような気イしてて、いつもろうじ出て来るとき、またあのぞっとするような声が後ろから「お姉さん」いエへんかとビクビクしてたのんですが、ええあんばいにあんなりになってますのんで、あんな男のこッちゃさかい、誓約書さい交してしもたら兄弟も糞もあったもんやない思てるねんやろ、結局その方がこっちも助かる思てましてん。
そうこうしてるうちに光子さんは毎日々々「姉ちゃんどないぞしてくれへんか、もう一日も辛抱出来へん」いいなさいますし、自分は最後の手段として、わざと綿貫誘い出して駈け落しようか思てる、その時は何処い逃げるいうこと前に私に教せとくさかい、新聞に出されたりしてえらいことになった時分に、もうええ頃や思たら掴まえに来てほし、そないしたらなんぼ綿貫かて二度と寄り附くこと出来んやさかい、自分の名誉も傷けること覚悟の上でやってみせる、「こっちで相談してることうすうす嗅ぎつけたらしいよって、やるのんなら早い方がええ」いいなさるのんで、嗅ぎつけたらあの誓約書楯に取ってあてに何とかいうて来るやろ、まあ、まあ、そんな非常手段最後まで取っときなさい」いうて、――ほんまにあの時分、よっぽど思案に余ってしもて、先生のとこい智慧貸してもらいに上ろか思たぐらいですねんけど、そんな厚かましいことようせえしませんし、お梅どんに聞いてみてもええ考ないいいますし、いっそのこと夫の力借ろかしらん、うそついてたこと或る程度までは白状して、ただ綿貫の迫害免れるような法律的の手段ないもんか知らん、話しように依ったら夫かて光子さんに同情寄せんこともないやろと、困った揚句そんなことまで考えましてん。
ところがその夫が、或る日突然、ちょうど私が行ってる時に電話も何もかけんといて笠屋町の宿屋い訪ンねて来たやありませんか。