三月末の彼岸ざくらが綻びそめる時分のことで、きらきらしい日ざしの底にまだ何処となく肌寒さが感ぜられたが、要はうすい春外套の袂の外へこぼれている黒八丈の羽織の生地が、窓の明りで干潟の沙のように光るのを見た。
和服の時は寒中でもシャツを着けないのを身だしなみの一つにしている彼は、長襦袢の裏と皮膚とのあわいに清涼な風の孕むのを覚えながら内ぶところへ両手を入れていた。
車の中は時間が半ぱであるせいか疎らな客がめいめいゆっくりと席を取り、真新しい白ペンキの天井の下は空気が隅まで透き徹っていて、並んでいる人たちの顔までが皆健康そうに、朗らかに明るい。