要は、「女房のふところには鬼が栖むか蛇が栖むか」と云う文句を聞くと、それがいかにも性慾的にかけ離れてしまった女夫の秘事を婉曲ながら適切に現わしているのに気づいて、暫く胸の奥の方が疼くのを感じた。
彼は義太夫の「天の網島」は巣林子の原作でなく、半二か誰かの改作であるのをぼんやり記憶していたが、きっとこの文句は原作の方にあるのだろう、老人が浄瑠璃の文章を褒めて「今の小説なんかとても及ばない」と云っているのは、こう云うところを指すのだろうと思うと、ふと又気がかりなことが浮かんだ。
今にこの幕が済んだあとで、老人がこの文句を持ち出しはしないか。