尤も老人の言い草には常に多少の掛け値があって、一と昔前はそう云う御自身が歯の浮くようなハイカラ振りに身を窶していた時代もあるのだが、日本の楽器は単純だなどと云おうものなら躍起になって得意のお談義が始まるのである。
そうなると要はつい面倒で好い加減に引き退ってしまうけれども、心のうちでは一概にうすっぺら扱いされるのに平らかでないものがあった。
彼は自分のハイカラは、今の日本趣味の大部分を占めている徳川時代の趣味と云うものが何となく気に食わないで、その反感から来ていることは自分にはよく分っていながら、それを老人に納得させる段になると、何と説明したらいいか云い現わしように困るのであった。