絶えず新しい女性の美を創造し、女性に媚びることばかりを考えているアメリカの絵の世界の方が、俗悪ながら彼の夢に近かった。
そして嫌いなものの中でも、東京の芝居や音曲にはさすが江戸人のきびきびとしたスマートな気風が出ているのに、義太夫は飽くまで太々しく徳川時代趣味に執着しているところが、到底傍へも寄りつけないように思えたのであった。
それが今日はどう云う訳か最初に舞台を見入った時からそう反感を起すでもなく、自然にすらすらと浄曲の世界へいざなわれて、あの重苦しい三絃の音までがいつとはなしに心のうちへ食い入って行くようなのである。