「女房も泣いたし、僕もおいおい声を放って泣いたよ」と、彼はそのあとで要に語った。
今度の事件で要が彼をたよりにするのは、一つには彼にそう云う経験があり、その時の彼のやり方を傍で見ていて羨ましく思ったからではあるが、―――成る程、高夏のように悲劇に直面することが出来、泣きたい時には思うさま泣ける性質だったら、定めし後がさっぱりするだろう、あれでなければ離別は出来ないとつくづく思ったからではあるが、しかし要にその真似はやれないのである。
東京人の見えや外聞を気にする癖がそう云うところへまで附いて廻って、義太夫語りの態度を醜いと感ずる彼は、顔をゆがめて泣きわめく世話場の中へ自分を置くことに同じ醜さを感ずるのである。