「………きは淀川へ上り舟、ささえられたる北風に、身はままならぬ丸太ぶね、岸の柳に引きとめられて、歩みならわぬ陸地をも、上りつ戻り幾たびか、一と夜をあかす八軒家、雑魚寝をおこす網嶋の、告ぐる烏か寒山寺、………」
明け放たれた二階の縁からは船着き場に沿うた一とすじの路をへだててもう暮れがたの海のけしきが展けていた。
淡の輪がよいの船であろう、「紀淡丸」と記した汽船が桟橋を離れて行くのだが、四五百噸にも足らないほどの船体がぐるりと船首を向き変えるとき、入り江の岸が船尾と擦れ擦れになるくらいにもそこの港は小さいのである。