そう云えばいつぞや常陸の国の平潟の港に遊んだ時、入り江を包む両方の山の出鼻に燈籠があって岸にはずっと遊女の家が並んでいたのを、いかにも昔の船着場らしい感じだと思ったことがあるのは、かれこれ二十年も前だったろうか。
が、平潟の廃頽的なのに比べたら、ここはさすがに晴れやかで、享楽的である。
多くの東京人がそうであるように孰方かと云えば出不精の方で、めったに旅行などしたことのない要は、一と風呂浴びて宿屋の欄干に倚っている浴衣がけの自分の姿をかえりみると、ほんの海を一つ越えた瀬戸内の島へ渡ったばかりで、なんだか馬鹿にはるばると来たような心地がする。