見る物と云えば人形芝居、たべる物と云えば蕨やぜんまいの煮つけでは、お久も命がつづくまい。
たまには活動も見たかろうし、洋食のビフテキもたべたいであろうに、それを辛抱しているのはさすがに京都生れであると、要はときどき感心もすれば、この女の心の作用を不思議に思うこともある。
そう云えば老人は、ひところ投げ入れの活け花を覚え込ませるのに夢中であったが、それがこの頃は地唄になって、週に一度ずつ、わざわざ大阪の南の方に住んでいる或る盲人の検校の許まで二人で稽古に行くのである。
見る物と云えば人形芝居、たべる物と云えば蕨やぜんまいの煮つけでは、お久も命がつづくまい。
たまには活動も見たかろうし、洋食のビフテキもたべたいであろうに、それを辛抱しているのはさすがに京都生れであると、要はときどき感心もすれば、この女の心の作用を不思議に思うこともある。
そう云えば老人は、ひところ投げ入れの活け花を覚え込ませるのに夢中であったが、それがこの頃は地唄になって、週に一度ずつ、わざわざ大阪の南の方に住んでいる或る盲人の検校の許まで二人で稽古に行くのである。