けれど昔の「福ちゃん」も矢張美しい鈴のような声でうたったのだから、要に取っては若い女の肉声の方がひとしお思い出をそそるのである。
それにあのぼんぼんと云う京風の三味線よりは、お久が弾いている大阪風の三味線の、調子の高いひびきの方がいくらか琴の音をしのばせるよすがにもなる。
ぜんたいこの三味線は棹が九つに折れて胴の中へ這入ってしまう別製のもので、お久と一緒に遊山に行くとき、老人はこれを欠かさず持って歩くのであるが、宿屋の座敷でならまだしも、興に乗じると街道の茶店の腰掛でも、満開の花の下でも、いやがるお久を無理に促して弾かせると云う風で、去年の十三夜の月見の晩なぞ宇治川を下る船の中でやらせたのはいいが、そのためにお久よりも老人の方が風邪をひいて、あとで非常な熱を出したりしたことがあった。