いったい都市の装いが近代的になりつつあると云うことは、国の動脈を成すような大都会に於ける現象であって、そんな都会は一つの国家にそう沢山はあるものではない。
亜米利加のような新しい土地は別として、古い歴史を持つ国々の田舎の町は、支那でも欧羅巴でも、天災地変に見舞われない限り文化の流れに取り残されつつ、封建の世の匂いを伝えているのである。
たとえばこの町にしても、電線と、電信柱と、ペンキ塗りの看板と、ところどころの飾り窓とを気にしなければ、西鶴の浮世草紙の挿絵にあるような町家を至る所に見ることが出来る。