今でも洲本から福良へかよう街道のほとりの市村と云う村へ行けば、人形の座が七座ほどある。
昔はそこに三十六座もあったくらいで、俗にその村を人形村と呼んでいる。
いつの時代のことであったか、都を落ちて来てこの村に居を構えた公卿が、有りのすさびに傀儡を作りそれを動かしたのが始めで、有名な淡路源之丞と云うのはその公卿の子孫であるそうな。
今でも洲本から福良へかよう街道のほとりの市村と云う村へ行けば、人形の座が七座ほどある。
昔はそこに三十六座もあったくらいで、俗にその村を人形村と呼んでいる。
いつの時代のことであったか、都を落ちて来てこの村に居を構えた公卿が、有りのすさびに傀儡を作りそれを動かしたのが始めで、有名な淡路源之丞と云うのはその公卿の子孫であるそうな。