いつの時代のことであったか、都を落ちて来てこの村に居を構えた公卿が、有りのすさびに傀儡を作りそれを動かしたのが始めで、有名な淡路源之丞と云うのはその公卿の子孫であるそうな。
その一家は今日でも村の旧家として通り、立派な邸に住んでいて、この島だけでなく、四国路や中国路まで興行に出かけるのであるが、しかし座を持っているのは源之丞の一族ばかりではない。
大袈裟に云えば一村ことごとく義太夫語りか、三味線弾きか、人形使いか、太夫元かでない者はなく、それらの人々は農繁期には畑へ出て働き、百姓の仕事が暇になる季節にそれぞれ一座を組織して島の此処彼処を打って廻る。