その点ででんでん物の旧劇は民衆的であると云える。
どの狂言にも代々の名優の工夫に成る一定の扮装、一定の動作―――所謂「型」が伝えられているから、その約束に従い、太夫の語るチョボに乗って動きさえすれば、しろうとたちでも或る程度までは芝居の真似事をすることが出来、見物人もその型に依って檜舞台の歌舞伎役者を連想しながら見ていられる。
田舎の温泉宿なぞで子供芝居の余興があったりするとき、教える方もよく教え、覚える方もよくまあこれだけに覚えたものだと感心することがあるけれど、めいめいが勝手な解釈をする現代劇の演出と違って、時代物は依りどころがあるだけに却って女子供にも覚え易いのかも知れない。