なんでも文楽あたりでは残忍であるとかみだらであるとか云う廉で禁ぜられている文句やしぐさを、淡路では古典の姿を崩さず、今でもそのままにやっている、それが非常に変っていると云う話を老人は聞いて来たのであった。
たとえば玉藻の前なぞは、大阪では普通三段目だけしか出さないけれども、此処では序幕から通してやる。
そうするとその中に九尾の狐が現れて玉藻の前を喰い殺す場面があって、狐が女の腹を喰い破って血だらけな膓を咬え出す、その膓には紅い真綿を使うのだと云う。
なんでも文楽あたりでは残忍であるとかみだらであるとか云う廉で禁ぜられている文句やしぐさを、淡路では古典の姿を崩さず、今でもそのままにやっている、それが非常に変っていると云う話を老人は聞いて来たのであった。
たとえば玉藻の前なぞは、大阪では普通三段目だけしか出さないけれども、此処では序幕から通してやる。
そうするとその中に九尾の狐が現れて玉藻の前を喰い殺す場面があって、狐が女の腹を喰い破って血だらけな膓を咬え出す、その膓には紅い真綿を使うのだと云う。