おしゃれと旅馴れないのとで一日二日の旅行にも着換えを用意して出た彼は、帰りは和服で通していたのを、ふと或る事を思いついて誰もいないのを幸いに急いでグレイ・フランネルの背広に着換えた。
そして、それから何時間かを過した後に頭の上でガラガラ錨を巻き上げる音が聞えるまで、うとうと眠り通してしまった。
船が兵庫の島上へ着いたのはまだ昼前の十一時ごろであったが、要は真っ直ぐ家へは帰らずに、オリエンタル・ホテルの食堂で三四日振りに脂っこい物を昼食に取り、食後にベネディクティンの一杯を二十分もかかってゆっくりと飲んでから、その浅い酔いのさめきれぬうちに山手のミセス・ブレントの家の前で車を降りて、持っていた蝙蝠傘の握りの端で門の呼び鈴のボタンを押した。