要はこの頃でも、しゃべりながらふと眼をつぶって、その声の調子と、アクセントと、言葉づかいだけを耳にしていると、ちょうど田舎の小料理屋で酌婦を相手にしている場面が浮かぶのである。
ただ外国人の悲しさにはその発音に何処か東北訛りのようなひびきがあって、それでいて云うことが恐ろしく巧者であるだけに、方々を渡り歩いた擦れっ枯らしの女給の言葉になっていることを、当人は夢にも知らないらしい。
が、ともかくも暫くその声を聞いた後に再び眼を開いて室内を見ると、何と云う思いがけない光景であろう、彼女は化粧台の前の椅子にもたれて、満洲朝の官服に似せた刺繍のあるパジャマの上衣だけを、ようよう臀と擦れ擦れに着ている下はパンツの代りに脛一面のお白粉を穿いた脚の先へ、仏蘭西型の踵の附いた浅黄色の絹の上靴を、その爪先を二艘の可愛い潜航艇の舳のように尖らしているのである。