たかが相手は一人の娼婦に過ぎないのに、もう二度と行かないの何のと云うむずかしい決心をして、それに囚われるのも馬鹿々々しいと云う風に思い直しては、結局会いに行くことになるのが常であったが、実はそんなことにも増して、妻が出かけて行ったあとの邸の中のガランとした感じ、―――障子や、襖や、床の間の飾りや、庭の立ち木や、そう云うものが有るがままにありながら、俄かに家庭が空虚にされてしまったようなうら淋しさ、―――それが何より堪え難かった。
いったいこの家は前の持ち主が建てて一二年にしかならないものを、関西へ移って来た年に買い取ったので、この八畳の日本間はその時建て増したのであるが、毎日見馴れて気が付かないでいるうちに、そう念を入れて拭き込みもしなかった北山の杉や栂の柱が年相応のつやを持ち出して、これからそろそろ京都の老人の気に入りそうな時代が附いて来るのである。
要は寝ころびながら今更のようにそれらの柱の光沢を見、八重山吹の花が垂れている床の間の春日卓を見、閾の向うに、戸外のあかりを水のように映している縁側の板を見た。