美佐子なぞは、あのお湯は丁子の匂いで胡麻化してあるので幾日目に換えるのだか分らないと云って、すすめられると体よく逃げたものであったが、主の方は又「うちの丁子風呂」と云うのを自慢にして、客への御馳走と心得ているらしかった。
老人の「雪隠哲学」に依ると、「湯殿や雪隠を真っ白にするのは西洋人の馬鹿な考だ、誰も見ていない場所だからと云って自分で自分の排泄物が眼につくような設備をするのは無神経も甚しい、すべて体から流れ出る汚物は、何処までも慎しみ深く闇に隠してしまうのが礼儀である」と云うのであって、いつも杉の葉の青々としたのを朝顔に詰めるのはいいとして、「純日本式の、手入れの届いた厠には必ず一種特有な、上品な匂いがする、それが云うに云われない奥床しさを覚えさせる」と云うような奇抜な意見さえあるのだが、雪隠の方はともかくも、風呂場の暗いのにはお久も内証で不便をかこつことがあった。
彼女の話だと、丁子も近頃はエッセンスを売っているから、その一二滴を垂らしさえすれば済むものを、矢張昔風に実の干したのを袋に入れて、湯の中へ漬けておかなければ老人が収まらないのだと云う。